私(マスター)にとって、一番大切な音楽がソウル・ミュージック。
「60年代から70年代にかけて流行したアメリカ黒人のポピュラーミュージック」です。
 
細かい定義など置いておいて、まずは聴いて楽しむのが一番。
エモーショナルで、心に響く素晴らしい音楽です。
しかし、その魅力に触れ、もっとソウルを知りたいという方のために書いてみます。
 
 
【アメリカ黒人の音楽です】
アメリカ大陸にはそもそも黒人はいません。白人だっていなかったのですが、15世紀以降白人がこの地を征圧し、労働力としてアフリカ黒人奴隷を輸入しました。
 
過去の歴史はおいておいて、音楽史的に重要なのはアメリカ大陸で大きな文化衝突が起こったことです。アフリカ人の持つポリリズムや単純音階が、白人の特に教会音楽に端を発した12音階や和声とぶつかり、独自の音楽を生み出していきます。
ゴスペル、ブルース、ジャズ、R&B、あるいは現代のヒップホップ。そうしたアメリカ黒人の音楽の流れのなかにソウルはあります。
 
 
【60年代の公民権運動と密接な関係があります】
アメリカは大きな矛盾を抱えた国家です。建国の理念として「自由と平等」をうたいながら、近代まで奴隷制を維持していました。奴隷制が撤廃された後も、特に南部の州法では非白人を差別する法律や制度が長く放置されました。
 
たとえば学校が白人校と黒人校に分かれている。
公営プールに黒人は入ることが許されない。
公営バスの座席が白人と黒人で別になっている。
 
こうした不平等をなくそうとるのが60年代の公民権運動です。
ソウル・ミュージックはこの公民権運動を背景として盛んになり、運動が成果をあげ落ち着くと同時にピークを終えることになります。
 
 
【奴隷制や人種差別の実体】
白人が裸の黒人を鞭打ち強制労働させるといったイメージを持っている方が多いと思います。しかしこれは南北戦争時に奴隷解放を大義名分とした北部勢のプロパガンダです。
 
19世紀までにおいてアフリカから奴隷を運搬するのに、どれくらいのコストがかかったか想像してみてください。奴隷は対等な人間としては認められていませんでしたが、ある意味、非常に大切に扱われていました。
健康を損なわない程度の労働と食事。病気になれば医者にも診せました。黒人同士のコミュニケーションやレクレイションも保護され、祭りや宴会も認められていました。そしてコミュニティのなかで恋愛をし結婚し子供を産み育てることが奨励されました。
 
決して奴隷が幸せだったと言っているわけではありません。
彼らには職業選択や地域移動の自由はありませんでした。大多数の奴隷が、農場内で生まれ、そこから一歩も出ることなく一生を終えたのは確かです。しかし、そうやって世代を経た黒人達にとって白人は守護者であり、生まれながらに身分が違う存在でした。
映画「風と共に去りぬ」はまさに南北戦争時の奴隷制南部の一家が主人公ですが、そこでは黒人メイドとの強い共感が描かれています。
奴隷制の撤廃は、この「本来あってはならない平和な共存関係」にピリオドを打ちます。
 
前項であげた白人校と黒人校の区別、バスの座席割りは実は黒人にとっても利益がありました。両者が別なところにいれば人種差別は起きないからです。奴隷制がなくなった後も南部の州法や条例で人種隔離が行われていたのは、トラブルを少しでも減らすという目的があったのは確かなことです。そして少なからぬ黒人が、このままでいいという意識だったのです。
 
【ソウル・ブラザー、ソウル・シスター】
不平等の撤廃を目指す公民権運動のリーダーにとって、まず一番にやらなければならないのが、こうした黒人内にある現状維持発想をなくすことでした。
 
「我々黒人も白人と同じ人間なんだ」
しかしもっと早く浸透させるには、より刺激的なアプローチが効力的です。
「いや、黒人は白人よりも優れている部分がある」
これを表すのが「黒いことは美しい:Black Is Beautiful」というスローガンです。
 
また黒人は白人よりも魂を持った人種だという運動も起こりました。魂=ソウルです。
その代表が音楽、特に歌でした。黒人は白人よりも声域が広く、豊かな声量を持ちます。特に男性ファルセット(裏声)はその差が顕著です。白人の裏声はキンキンするだけで耳に痛いのに、黒人の優れたファルセッターのそれは甘く響くのです。
 
我々はソウルを持った人種なのだ。黒人は皆一つ、ソウル・ブラザー&シスターなのだということが60年代から70年代に声高く主張されました。
 
 
【そしてソウル・ミュージック】
ソウル・ミュージックとは60年代から70年代の公民権運動を背景にした
「黒人の共同意識を強くアピールする音楽」
なのです。ですから、黒人らしさを強く前面に出します。
 
リズムを強調し、たとえば激しくシャウトし、たとえばファルセットで歌う。
ファッションにおいても同様で、黒人特有のくせ毛をさらに強調するアフロヘアが大流行します。ソウル=アフロという図式は理由があることなのです。
 
 
【黒人に憧れる白人たち】
過度の黒人表現であるソウル・ミュージックの魅力は白人にも伝わりました。
あんなストレートな音楽を自分たちもやりたい。それが白人によるロック(ロックンロール)の出現を促します。ビートルズやローリング・ストーンズの初期のレパートリーはソウル・ミュージックのカバーが殆どを占めています。
 
 
【ソウル・ミュージックの終わり】
ソウルのミュージシャンやシンガーが黒人表現を強調したのは、彼らが公民権運動のリーダーであったからではありません。またその運動に一定の共感は抱きつつも、あくまで「時代の雰囲気」だったと言ったほうがいいでしょう。
 
ミュージシャンやシンガーといった芸人にとって、第一の目的は売れることです。
ソウルは人種の枠を超え白人にも人気を博しました。アメリカにおける黒人の比率は30%です。ヒスパニックやアジア系も含めますが残る70%が黒人音楽に興味を示したということが、ソウル・ミュージックの終焉に関係していきます。
 
肩肘はって黒人らしさをアピールするより、非黒人にも喜ばれるソフトな表現を。これは決して堕落ではありません。芸人として当然の選択です。
スティービー・ワンダー、ライオネル・リッチー、マイケル・ジャクソン。
こういった人たちは出発点をソウルとしながら、それにとらわれない音楽に進み、大きな評価を得ていきました。
公民権運動も成果を出した80年代になればソウル・ミュージックは必要とされなくなるのです。
 
 
【ソウル・ミュージックの楽しみかた】
過度の黒人表現を特徴としながらも、一番最初に書いた通り、アメリカ黒人音楽の長い伝統のなかにソウルも位置します。本質的には決して特異なものではありません。
 
簡単に言ってソウルは一種の伝統音楽です。
原初的には酒場で演奏され歌われるもので、そういう場の「芸」として「受けるものだけ」が継承されました。結果として、ソウル・ミュージックの枠内で非常に似たものが数多くなります。
「ソウルってどれも同じに聞こえるんだけど」と感じたとしたら、
実は相当に感性が良い方なのです。
 
それはロックのような個性の強い音楽よりも、むしろ落語に似ています。ちょっと聞いただけでは落語はどれも同じですよね。しかし興味を持つと好きな傾向のストーリーや、噺家ごとの好き嫌いが出てくる。
ディスコみたいなダンス系がある。バラードがある。そのなかでこんな感じが好き。そういったおおまかな聴きかたからスタートしてください。
 
「女性のバラードが聞いてみたい」
「ちょっとハードなダンスものってある?」
「あの歌が好きなので似たような曲を」
ぜひドクター・スミスでリクエストをしてください。
特にソウル初心者の方からのリクエストは大歓迎です。
(マニアな人は自宅で聴いてください−笑−)
 
 
【中級者以上の楽しみかた】
広大なアメリカでは、州や町ごとに音楽スタイルの細かな流行の差異があり、
また録音のバックをつとめるミュージシャンの志向の違いがあります。
特にソウルの時代は現代のように
録音にコンピュータを用いません。
録音された都市ごとに音楽に明確な違いがあります。
 
デトロイトは荒々しく、シカゴは小粋。
ニューヨークはつんとすまして、LAは柔らかい。
フィラデルフィアはゴージャスで、南部は泥臭い。
 
こうした都市ごとの違いをぜひ体験してみてください。
どれも似たようだと感じていたソウルのそれぞれの個性が
一気にわかるようになるはずです。